(1)巴会副会長伊藤基之(S43F) 私が名工大に入学したのは、東京オリンピック開催、東海道新幹線開業の年、すなわち昭和39年の春であり、日本は高度経済成長の真っただ中にあった。当時、国立大学は入試の実施時期により1期校と2期校に分かれており、名工大は2期校であった。名工大の学生の多くが難関1期校の受験で運悪く失敗した者であり、その出身地は全国に及んでいた。愛知、岐阜、三重の東海3県出身者の割合は全体の3分の1程度で、現在その割合が80%以上にも達している状況と比べると地元出身者が随分少なかったと言える。 さて、当時と比べて名工大が最も大きく変わったところは、何といっても法人化されたことであろう。国公立大学法人の学長に対する最近のアンケート調査によれば、「法人化以降大学はどう変わったか」という設問に対して、「良くなった」が71%、「悪くなった」「変わらない」がそれぞれ7%であったとのことである[2009年版大学ランキング(朝日新聞出版)]。多くの学長が法人化による変化を、「学長のリーダーシップが強くなり、教職員の意識が変わり、教員は教育に目が向くようになった」と捉えているようである。しかし、これらの見方はあくまでも国公立大学法人の学長としてのものであり、一般教員の見方はかなり異なるものと思われる。多くの教員は、法人化によって「悪くなった」と回答した学長たちのコメント、「運営費交付金の削減により財政状況が悪化し、教育・研究の基盤が崩壊の危機に面している」、「総人件費抑制で人員削減のことばかりが課題となる」、「評価のための計画遂行に追われ、教職員の業務負担が過大となっている」などに共感を覚えるのではないだろうか。 名工大においても運営費交付金の削減により、教員研究費は年々減少の一途を辿っており、近いうちに教員研究費はゼロになることが予想される。このため、研究の遂行には科学研究費補助金(科研費)などの競争的資金の獲得や、受託研究・共同研究の受け入れなど、外部資金の獲得が必要となるが、これら外部資金の獲得はそれほど容易ではない。例えば、科研費の採択率は23~24%であり、平均的に4・5回応募してやっと1回採択される程度である。また、昨年秋以降の急激な経済状況悪化により、企業からの受託研究や共同研究の受け入れも困難となってきており、各教員にとって研究資金の調達は実に頭の痛い問題となっている。 一方、教育の面においても、数年前から人件費削減のために、「共通教育全学体制」と称して、数学、物理、英語などの共通教育科目を専門学科(機械工学科など)の教員も担当することになった。これによって学外非常勤講師の人件費を節約しようというわけであるが、その分だけ専門学科教員の教育負担は過大になっているといえる。さらに最近では、5年間で5%以上という人件費の削減が義務付けられ、定年退職による欠員の補充もほとんどできない状態である。かくして教職員の人手不足の問題は、ますます深刻となっているのである。 巴会会員の皆様方におかれては、学内の教員がかくも厳しい状況の下で教育・研究に励み、さらには巴会活動にも熱心に協力されていることをご理解頂き、母校に対してこれまで以上の温かいご支援を頂ければ幸いである。平成21年5月No.43名古屋工業大学機械工学科内 巴会本部〒466-8555 名古屋市昭和区御器所町TelorFax(052)735-5321ホームページ:~tomoe/index.html巻頭言(2)’08総会講演会資料(平成20年6月21日)人を中心にしたものづくりアイシン精機株式会社 常務役員加藤喜昭 平成20年6月21日(土)巴会総会にて、「人を中心にしたものづくり」として講演させていただく機会があり、その内容について本誌にて紹介する。1.人を中心にしたものづくりとは 経済産業省から2006年4月に「五感で納得できる暮らしを目指して―人間生活技術戦略―」が発行されており、その中で人々が生き生きと暮らせるために実現が望まれる4つの社会像(将来のゴール)が制定されている。そのゴールとは「1.心身ともに健康な生活の実現」「2.楽しく安らげる暮らしの実現」「3.安全・快適なモビリティの実現」「4.安全・安心で働きがいのある環境の実現」である。 これらを実現するためにいくつかの具体的な項目が示されているがその内容と現在我々が取り組んでいるものづくりの考え方で共通する多くの要素がありその関連性について整理してみた。2.安全・快適なモビリティ このテーマを達成するための技術としては「①五感や生理に適した快適モビリティ」「②安全・自由な移動を実現する技術」「③エコ&セイフティドライブ支援」、また将来のゴールとして「①乗ると元気になるモビリティの実現」「②誰でも安全快適に自由に移動できる」「③安全快適に省エネドライブができる」と提案されている。 私は前職のトヨタ自動車時代に、2005年の愛・地球博のトヨタグループパビリオンにて披露したひとり乗りモビリティ「i-unit」を開発責任者として担当したが、その際に考えた未来のモビリティのコンセプトには上記の内容と共通する点が多い。自動車は昔、人の移動手段として使われていた馬車から進化したものであり、椅子の四隅に車輪をつけて馬の代わりにエンジンを搭載した。つまり移動するための空間の中に人間を配置したものである。それに対し「i-unit」は人を中心として考えられたモビリティであり、コンセプトは「人間の拡張」、人と車が融合することにより人間の可能性を限りなく広げてゆくことを狙っている。「i-unit」の「i」は[InspiretheIndividual]を意味し、個人の移動範囲を広げることで自然、人、社会、文化とふれあう機会が増え、新たな感動、発見、創造が生まれる。それを実現するために車の全体デザインは太陽の光を命のエネルギーに換える未知の力の表現、生物の持つ合理性、Simplicityの表現として「葉」をモチーフとし、人が移動するために最適なデザイン、大きさ、性能を考えた。たとえば人々の間を走行するときは、まわりを歩く人と目線が同じになるようにシートの高さを決めたり、意のままに運転することができるように移動したいという意思で自然に手が反応して走らすことができる従来のステアリングやアクセル、ブレーキに変わるドライブコントローラの搭載や、人と同じようにその場旋回で方向が変えられ後進することなく走行ができるシャシーの構造、人の五感のように直感的に周りの情報を入手できるインターフェースシステム等、人間の持つ特性を生かせる機能を多く取り入れた。 また、安全に対しても未来のITS技術を利用して、ぶつからない車のイメージを提案、環境においてもLCA(ライフサイクルアセスメント)の観点から植物ベースの環境親和材の採用やCO2を発生させないEV(電気自動車)としてパビリオンのショーを実証実験的に実施し、多くの方から賞賛の言葉を頂いた。 「i-unit」はその後、次世代モデル「i-REAL」として発展し、近未来の実用化の方向に向かって開発が進められている。 これらは未来のモビリティーのコンセプトを提案したものであるが、現在、実際に販売されている自動車にも人をサポートするシステムが多く導入されている。弊社が担当している運転支援システムの分野では、1990年代から「ナビゲーションシステム」が車両に搭載されるようになり、2000年には「バックガイドモニタ」と呼ばれる駐車時のアシストシステム、2003年には駐車時のハンドル操作を自動化した「インテリジェントパーキングアシスト」。また、ドライバーの視覚支援として2002年に「フロント&サイドモニター」、2006年に「ワ(3)イドビューモニター」、さらに、安全支援として予防安全としての注意喚起と衝突時の被害を低減する「プリクラッシュセイフティーシステム」と連動した「ドライバーモニター」としてわき見判定機能を2006年に、まぶたの開度の検知機能を2008年にそれぞれ商品化した。3.人間工学から生理学へ 先に述べたゴールで、「心身ともに健康な生活の実現」、「楽しく安らげる暮らしの実現」については人間の体や心に関する分野に大きく関連するのでこの点から考察してみた。 従来、商品を開発する時、顧客としての人の観点から人間工学的アプローチを行ってきた。ユニバーサルデザインなどはこの代表的な例である。一方、さらなる人間の要素を追及していくと人間工学的観点に加え、「脳」を中心とした生理学的観点からのアプローチが必要と考えられるようになってきた。 人の内部には「体内時計」と呼ばれるリズムがあり、この生体リズムは脳の活動に強く影響を与えている。これらの人を基本とした技術を核として、安心(安全)で快適な生活を提供できる商品開発を進めている。 ひとつの生体リズムとして「サーカディアン(約1日の)リズム」というものがあり、睡眠・覚醒、体温、成長ホルモンの分泌といった人間の機能はこの「サーカディアンリズム」と関連して働いている。 この中で健康・疲労回復の基本であり覚醒度が安全に直結する睡眠・覚醒の「サーカディアンリズム」に着目した。一日の生活でこのリズムが狂ってくると目覚めが悪い、日中眠くなる、夜、寝つきが悪いといった状態になる。「リズムの存在」を前提に、「適正なリズム」の維持ができるよう、安心(安全)で快適な生活ができるサポートシステムの開発に取り組んできた。まず、心理学、生理学をベースとした人の生体情報検出技術を使って睡眠推定、眠気推定、疲労推定を行い、より良い生活のリズムとなるようサポートする。弊社は自動車分野以外にベッド、シャワートイレ、介護用ベッド、電動車椅子といった生活系の商品も製造販売しており、上記の考え方を用いたベッドを含めた寝室空間の開発を行った。人の眠りの状態に応じて、それぞれに最適な睡眠環境を提供する、「快眠サポートシステム」。弊社のベッドとブラインドシャッターを組み合わせ、「1.スムーズに寝入り」、「2.ぐっすり睡眠」、「3.すっきり目覚め」の3ステップで生体リズムに合わせて光や振動を調節し、快適な睡眠を提供する。眠りにつく時には、ふくらはぎに1/fゆらぎの振動を与えて体をリラックスさせ、証明は暖色系の光の照度を徐々に落とすことで自然に寝入る環境を整える。睡眠中には弊社が開発したマットレスにより血行促進に欠かせない寝返りを楽にすることで、体力を消耗しない快適な睡眠を実現。目覚めるときは、目覚まし時計で無理に起こされるのではなく、起床時間の少し前から照明が徐々に照度を上げ、窓のブラインドシャッターが開き、朝の光で爽やかに目覚められるよう促す。本システムは「2008年度グッドデザイン賞」を受賞し、現在東京、横浜、名古屋の弊社ショールームおよび2箇所のホテルに設置し、体験およびモニター評価を行っている。4.人を中心にしたものづくりとは 従来、ものづくりの基本として「安全」「環境」「快適」といった観点から考えられることが多くあったが、今回述べさせてもらったように「安全」「環境」に加えて「快適」の代わりに新たに「人」の観点から考えることを提案する。産業や技術の進化によって快適、ハイテク・インテリジェントの追求が行われてきたが、一方、その結果として環境負荷や人間負荷が増大した。自分の快適さのためだけでなく人・環境・社会・未来と共生できる商品、また、その商品を使うことによって人々が感動を得られるような商品・システムの開発が今後不可欠である。 私は子供の頃、鉄腕アトムから21世紀の未来を想像した。「i-unit」を見た子供たちが30年後に何を生み出してくれるか楽しみである。快眠サポートシステム(4)関東支部便り 巴会の皆様には、日ごろ大変お世話になっています。米国のサブプライムローンに端を発した景気後退で、大学卒業予定者の就職内定取り消しなどの報道がありますが、母