提言放射線作業者の被ばくの一元管理について平成22年(2010年)7月1日日本学術会議基礎医学委員会・総合工学委員会合同放射線・放射能の利用に伴う課題検討分科会iこの提言は、日本学術会議基礎医学委員会・総合工学委員会合同放射線・放射能の利用に伴う課題検討分科会の審議結果を取りまとめ公表するものである。日本学術会議基礎医学委員会・総合工学委員会合同放射線・放射能の利用に伴う課題検討分科会委員長柴田徳思(連携会員)(独)日本原子力研究開発機構客員研究員副委員長井上登美夫(連携会員)横浜市立大学大学院医学研究科教授幹事中西友子(連携会員)東京大学大学院農学生命科学研究科教授幹事山本一良(連携会員)名古屋大学理事(教育・情報関係担当)・副総長唐木英明(第二部会員)東京大学名誉教授遠藤真広(連携会員)九州国際重粒子線がん治療センター技術統括監大西武雄(連携会員)奈良県立医科大学医学部教授小野公二(連携会員)京都大学原子炉実験所附属粒子線腫瘍学研究センター長神谷研二(連携会員)広島大学原爆放射線医科学研究所長木村逸郎(連携会員)(財)大阪科学技術センター顧問京都大学名誉教授草間朋子(連携会員)大分県立看護科学大学長木南凌(連携会員)新潟大学大学院医歯学系教授佐々木康人(連携会員)(社)アイソトープ協会常務理事丹羽太貫(連携会員)バイオメディクス(株)代表取締役社長宮川清(連携会員)東京大学大学院医学系研究科教授報告書及び参考資料の作成に当たり、以下の方々にご協力いただきました。久芳道義(財)放射線影響協会常務理事壽藤紀道(株)千代田テクノル大洗研究所主席研究員中村豊(独)国立病院機構相模原病院臨床研究センター研究員沼宮内弼雄(財)放射線計測協会相談役ii要旨1作成の背景被ばくの一元管理とは、①放射線作業者個人の、法的管理期間内(5年間及び1年間)の被ばく線量及び放射線作業の開始時点からの生涯線量(累積線量)を一括して把握できる(作業場所が異なっても同一個人であることを確認できるように「名寄せ」する)ようにすること②原子力施設、医療施設、工業施設等あらゆる原子力・放射線利用の領域で業務に従事している、あるいは、従事していた全放射線作業者の業務上の被ばく線量を包括的に把握できるようにすることを言う。わが国をはじめとした多くの先進国では、放射線作業者に対する線量限度の値は、国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告を尊重し、生涯線量(実効線量)が1Svを超えないようにするために、5年間ごと(100mSv/5年)及び1年間ごと(50mSv/年)の上限値として規定されている。しかし、わが国においては個人ごとの線量を集積する体制が整っておらず、雇用が多様化し、放射線作業者の移動が多い医療・研究領域等の放射線作業者については、法令上の線量限度を超えていないことを確認するシステムすらできていない。このため、線量限度を超えて被ばくをしている放射線作業者が確認されているにもかかわらず、法的に必要な措置さえとられていないのが現状である。放射線作業者の、被ばく線量の把握システムを公的機関等で確立することの必要性に関しては、わが国で商業用の原子力発電が始まった昭和40年代前半に原子力委員会等からも提言されてからほぼ50年が経過したが、一元的な管理は未だに実現していない。放射線作業におけるキャリアの多様化に対応した、放射線作業者の生涯を通しての被ばくに対するリスク管理は必須である。また、放射線作業者の国際的な雇用の流動化に対応するためにも、全放射線作業者について、放射線作業者個人の管理期間内被ばく線量および生涯線量を一括把握するための一元管理は、喫緊の課題となっている。2現状及び問題点(1)原子炉等規制法関係の事業所で働く放射線作業者の被ばくの一元管理原子炉等規制法の適用を受ける事業者を対象に、昭和52年、被ばく線量登録管理制度が発足し、原子力施設で働く放射線作業者の被ばく線量の情報を個人ごとに一元的に把握、管理するための運営機関「放射線従事者中央登録センター」が設置された。しかし、この登録制度に参加する原子力事業者の施設以外の放射線施設に立ち入った場合の被ばく線量は登録、集計されず、完全な一元管理となっていない。(2)放射線障害防止法・医療法関係の事業所で働く放射線作業者の被ばくの一元管理昭和59年には、放射線障害防止法の適用施設を対象とした「RI被ばく線量登録管理制度」が発足した。しかし、法的な強制力がないことから、対象事業者約5,000事業者のうち、制度への参加は約30事業者にとどまっており、放射線作業者の実数すら把握できていない。特に、全作業者の50%を占めていると推定される医療領域の放射線作業者に関しては、その正確な人数さえ把握されていない。iii(3)一元管理にあたっての被ばく前歴の確認方法法的管理期間内及び生涯の被ばく線量を把握するためには、放射線作業者の被ばく前歴を確認しなければならないが、法的には健康診断の際の問診で把握することが規定されているだけである。その規定では、記録がない場合は申告でもよいとされている。よって、現行法令の規定の下では、放射線作業者の被ばく前歴の精度は低く、線量限度が遵守されているという保証は乏しい。また、原子力・放射線利用の先進国においては、放射線作業者の被ばく線量を国際的に通用可能にするために、被ばくの一元管理を国レベルで実施している国が多く、これらの国の原子力・放射線関連の施設で作業する場合には、信頼性の高い被ばく前歴の提供が求められる。わが国においても被ばくの一元管理システムを早急に確立し、国際的に通用する信頼性の高い被ばく線量記録を提供できる体制を整えなければ、研究活動のみならず、経済活動にも支障をきたすおそれがある。3提言等の内容被ばくの一元管理を実現するために、以下のことを提言する。(1)行政に対する提言➀放射線作業者の被ばくの一元管理の必要性について認識すること原子力・放射線の利用に際しては、放射線作業者の安全・安心のための被ばく管理は最も重要な基本事項の一つである。国は、放射線作業者の被ばく線量を一元的に管理するシステム確立の必要性を十分に認識し、具体的な方法を法令等で規制し、徹底していく必要がある。②関連法令の改正等被ばくの一元管理を実現するためには、以下の法令等の改正が必要である。ア施設管理者に被ばく線量を国へ報告させることの制度化イ認証済線量測定サービス制度等の制定ウ被ばくの一元管理に必要な情報に関する個人情報保護法の適用除外➂放射線作業者の被ばくの一元管理を検討する場(検討会等)を設定すること被ばくの一元管理に関しては、所管する省庁、関連する法令及び事業者が多いことから、府省横断的な検討会を設置し、本報告書で提言した方策を含め、一元化にむけた具体的な方策の検討を開始すべきである。(2)関連学会に対する提言➀医療放射線安全に関連した学会に対する提言:放射線診療従事者の定義の明確化②日本保健物理学会、日本原子力学会等に対する提言:被ばくの一元化の実現に向けた理解と協力目次1はじめに..................................................................12放射線作業者の被ばくの一元管理の必要性....................................4(1)放射線作業者の安全確保の視点から.......................................4(2)原子力・放射線に対する国民の理解を得る視点から.........................5(3)国際的な視点から.......................................................6(4)学術的な視点から.......................................................73放射線作業者の被ばくの一元管理に関する経緯................................8(1)個人被ばく線量登録管理制度のあり方等に関する検討経緯...................8(2)原子炉等規制法関係の被ばく線量登録管理制度の発足.......................8(3)放射線障害防止法関係の被ばく線量登録管理制度の発足.....................9(4)残された課題...........................................................94放射線作業者の被ばくの合理的な一元管理方法の提案.........................12(1)被ばくの一元管理システムの機能........................................12(2)被ばくの一元管理システムへのデータの登録方法..........................12(3)被ばくの一元管理システムの運用機関....................................135放射線作業者の被ばくの一元管理に向けての提言.............................14(1)行政に対する提言......................................................14(2)関連学会に対する提言..................................................15用語集.......................................................................17<参考資料1>基礎医学委員会・総合工学委員会合同放射線・放射能の利用に伴う課題検討分科会審議経過.........................................................21<参考資料2>医療機関における放射線管理に関する実態.......................23<参考資料3>EU指令90/641..............................................30<参考資料4>線量限度の決定の背景-放射線作業者の放射線リスクの受容について-.............................................................................35<参考資料5>がんのリスク評価に用いられているLNTモデル...................36<参考資料6>がんのリスク評価に用いられている線量・線量率効果係数(DDREF)38<参考資料7>わが国における放射線作業者の被ばく状況の推移.................40<参考資料8>(社)日本原子力産業協会が提案している被ばくの一元管理システム.42<参考資料9>ヨーロッパにおける認証済線量測定サービスの実施機関数の分布.....4311はじめに地球温暖化への対応等により、世界各地で原子力エネルギーの利用が拡大しつつある。また、医療領域、工業領域等での放射線利用・開発も日進月歩で拡大し、放射線・放射性物質の利用は、一般国民の日常生活にとって切り離せない存在になっている。一方、原子力・放射線に対する一般国民の不安は相変わらず大きく、その不安は根源的に払拭されるところまでには至っていないのが現状である。しかしながら、ハード面、ソフト面の如何なる配慮をしたとしても、原子力・放射線利用に伴い被ばくする可能性のある人の数を完全にゼロとし、その被ばく線量を完全にゼロすなわちなくすことは極めて困難である。そのため、国民の理解を得つつ、原子力・放射線の開発・利用を進めていくためには、安全性の確保が不可欠である。そこで、放射線安全・防護の視点