1●敬語敬語というのは、話し手と聞き手、及び話題の人物との間のさまざまな関係に基づいて言葉を使い分け、その人間関係を明らかにする表現形式のことである。敬語は社会構造の変化にともない、その使用法にも変化が見られるが形の上から見れば、敬語動詞のように用語を変えるものや、お(ご)--なる/するなどのように語の構成要素の前後に付け加えるものがある。この形式自体は覚えてしまえば決して難しいのではない。しかし敬語の学習が難しいと言われるのは、文法形式によるのではなく、複雑な人間関係を考えた上でひとつの適切な表現形式を選ばなければならないからである。また人間関係が極めて複雑になってしまった今の社会で、どういう場合に、どの相手に、どのくらいの程度を持った敬語を使えばいいか、また敬語をどの程度に使用すればいいか、どうすれば文の調和が保てるか、などといった問題は日本人にも難しい。しかし、敬語というのは少なくとも現在の日常生活では人間関係をスムーズにするために、欠くことのできないものである。●敬語の分類一[三分類]尊敬語、謙譲語、丁寧語1)尊敬語聞き手や話題の人物を高めて、話し手の敬意を直接表すことばづかい2)謙譲語話し手側を低めることにより間接的に聞き手や話題の人物を高めることばづかい3)丁寧語ものの言い方を丁寧にすることにより、聞き手に敬意を表す言い方である。また話し手自身のことばづかいを上品にする使い方もあり、これを美化語ということもある。二[五分類]平成19年度文化審議会答申(19.2.2)「敬語の指針」:三分類から五分類へ従来の分類新分類使用例尊敬語→尊敬語(相手を立てて述べる)なさる、読まれる、ご出席謙譲語→謙譲語Ⅰ(自分から相手への行為について相手を立てて述べる)伺う、お届けする、ご説明謙譲語Ⅱ(丁重語)(自分の行為を相手に丁寧に述べる)参る、申す、拙著丁寧語→丁寧語(相手に丁寧に述べる)です、ます、ございます美化語(物事を美化して述べる)お酒、お料理●敬語を使う状況一使う相手1年長者に対して父親、母親、先輩2地位、立場の高い人職場の上司、先輩3能力実力・キャリアのある人学者、医師、作家、恩師4恩恵・利益を与えてくれる人顧客、取引先5人間関係のできていない人初対面の人、たまに会う人敬語は親しくない人(よく知らない人、自分のグループに属さない人)や目上の人・尊敬すべき人(地位、身分、年齢が上の人)を相手として、その人たちや話者自身などについて話すときに使う。ただし、普通には尊敬すべき人と考えられる場合でも、親しい相手であれば敬語を使わないこともある。二使う場1公的な立場で話す時会議の席、講義、スピーチ敬語は目上を対象とする場合だけでなく改まった場(会議、学、会、発表会、スピーチ、手紙など)でも使用する。その場では親しい人にも敬語を使う。親しい人同士で話す場合には、目上の人がその場にいれば改まってその人に対して敬語を使い、目上の人がいなければ、その人を話題としても使わないことがよくある。三「内」と「外」の関係2「内」の人間(家族、自分の会社の人、自分の属するグループの人など)が、「外」の人間(親しくない人、他人、他会社の人、他グループの人など)と話し合ったり、その人たちを話題にするとき、自分を含む「内」の人間に対しては謙譲語、「外」の人間に対しては尊敬語を使う。したがって、尊敬語が使われているか、謙譲語が使われているかにより、行為者が明示されていなくても、人間関係が明らかになる。●敬語の持つ効果一尊敬の効果目上の人、身分や地位や年齢が上の人、先生などに対する尊敬の気持ちを表す。二社会上の礼儀として改まった効果会議、目上の人が同席しているような改まった場合での話、女性同士の会話に多く見られる。三相手と距離を置く効果親しくない相手に地位して丁寧に話したいという意識とともに「まだあまり親しくないのだ」「他人なのだ」という意識を表す。このような人に対しては、最初は敬語を使っていても、親しくなったら普通体で話すようになっていく。四話し手に品格、威厳を与える効果敬語を自由に駆使できるということにより話し手に品格がそなわる。したがって敬語が教育レベルや社会的な階層の高さを表すことも多く、このような効果のため敬語を多用する女性もいる。五皮肉、からかい、ふさげの効果親しい同士の会話で、一方が急に敬意の高い表現を使ったりする際に見られる。①妻「なぜわたしにそのようなことをおっしゃるのですか。ご説明なさっていただけませんか。」夫「何だよ。急に改まって。」*①の怒っているときなどに距離を置く気持ちを込めて皮肉に言う。②春子嬢は毎晩のようにワインを気も聞こし召しているそうだ。*②の「聞こし召す」は「飲食する」の尊敬語。酒類を飲むことをふざけて言っている。●敬語の形式一、尊敬語の形式[一]名詞を尊敬語にする名詞や形容詞に「お」や「ご」をつける言い方で、聞き手や目上の人・敬意を表すべき人の行為や物、状態について使う。1、「お・御・貴・御・玉・尊・令・高・芳・賢」などの接頭語をつける例お帰り、お考え、お仕事、お便り、お時間、お若い、お美しいお仕事お知らせご心配ご両親ご家族、ご婦人、ご老人、ご近所、ご研究、ご病気貴社貴国御社御地玉稿玉体尊顔尊父令嬢令夫人高名高配芳名芳志賢兄賢察2、「氏・様・殿・さん」を付ける例田中一郎氏中田花子様教育委員会殿中田さん3、敬称を示す役職名を付ける例五十嵐先生中山教授中原専務中川所長谷川理事長など[二]、動詞を尊敬語にする1尊敬語の動詞(転換型)を使う敬度が高い表現で、尊敬語、謙譲語の両形がある。この形式があるものは、他の形式よりもこの形を使う方が望ましい。尊敬語動詞[一覧表1]普通語尊敬語するなさるあそばす来るいらっしゃるおいでになる見えるお見えになるお越しになる行くいらっしゃるおいでになるお出かけになる3いるいらっしゃるおいでになる言うおっしゃる見るご覧になる食べる、飲むあがる召し上がる聞くお耳に入る知るご存知着る召すお召しになる風邪を引く(お)風邪を召す年を取るお年を召す気に入るお気に召すくれるくださる死ぬお亡くなりになるおかくれになるご逝去受け取るお納めになる来てもらう行ってもらうご足労例○田川様とおっしゃる方が先ほどいらっしゃいました。○この件に関しては、社長はもうご存知のはずです。○何もありませんが、お好きなだけあがってください。○お年を召してますますお元気でいらっしゃいます。○寒中くれぐれもお風邪を召しませんように。○込み合っておりますので、ご覧になった方は順に前へお進みください。○お客様がお見えになりましたら、こちらへお通ししてください。○子供たちが皆様のお越しになるのを楽しみにしております。○故障の際にはお求めになった販売店へご連絡ください。○どうぞこのお金はお納めになってください。○八年前、静かにお隠れになりました。○申し訳ありませんが、今一度当社のほうへご足労いただけないでしょうか。2動詞の連用形、名詞にお・ごをつけ、規則的に変える場合①お(ご)~になる動詞の連用形と共に使う尊敬の形は、ほとんどの動詞に使える。ただし、動詞の連用形が一音節のものには、この形は使いにくい。例みる×お見になる○お急ぎになれば、まだ間に合うかと存じます。○修理が終わりましたので、もういつからでもご使用になれます。②お(ご)~なさる1より少し古い形○この本をお読みなさるのでしたら、お貸しいたします。○あなたが行けば、おばあさんはきっとお喜びなさるでしょう③お(ご)~です普通現在の状態や、すぐ起こりそうな状態を表しており、「~ている」と書き換えられるものが多い。この形が名詞を修飾すると、「お(ご)~の+名詞」の形になる。○お客様がこちらでお待ちです。○入場券をお持ちでない方は、こちらでお求めください。○どんな物をお探しですか○学長は、本日会議にはご欠席です。○乗車券をお持ちの方はこちらへどうぞ。○お降りの方が大勢いますから入り口には立たないでください。4○お探しの物件はこれです。④お(ご)~くださる○皆様、本日はようこそお越しくださいました。○この件に関して皆様に早急ご連絡ください。[三]レル、ラレルの形(動詞の未然形+れる、られる)敬度は〔一〕、〔二〕より低いが、規則的で現在広く使われている。特に、男性の話、及び、新聞、論文、公用文などの書き言葉に使用される。しかし、受身や可能の形とまぎらわしいという欠点がある。したがって、誤解されるような使い方はさけたほうがいい。また、わかる、できるなどのように可能の意味が元来ある動詞、可能動詞には使えない。○新しく来られた先生がたを紹介します。○山田教授は本年三月で四十年勤められた明治大学を退職されました。今後は研究活動に専念されるそうです。○ご家族の皆様はいつごろこちらに帰られますか。●尊敬表現に関する注意事項①複合動詞の場合は普通後ろの動詞を尊敬語にする。動詞が二、三続く場合は、文末動詞を変えるだけでも敬意が表される。○先生は毎朝6時に起きて、散歩なさいます。②一つの動詞に対して二重に敬語を使うのは、いい形とはいえない。二重敬語はなるべく避けたほうがいい。ただし、「あがる」「召す」「見える」など敬度が低いと考えられるものと「お~になる」はいっしょに使える。○お医者さまがお見えになりました。注:二重敬語二重敬語というのは、一つの動詞を二重に尊敬語化することである。例読む→読まれる→お読みになられる二重敬語は避けた方がいいと言われる。ただし、次のようなものは二重敬語ではない。「お読みになっていらっしゃいます」これは「読んで」+「いる」のそれぞれを敬語化したものですから、「一つの動詞」を「二重に」敬語化したわけではない。「召し上がって御覧になる」などもそう。「お召し上がりになる」は二重敬語だが、すでに使用が定着している。③「ごらんなさい」「いらっしゃい」など敬語動詞を使っているが、目下への命令文である。○おいしいから、食べてごらんなさい。○そんなにいやなら、おやめなさい。④主体が物やペットなどの時は、普通尊敬語を使わない。○社長の家には犬が3匹います。⑤「いらっしゃる?」「なさる?」女性が敬語動詞を普通体で使うことがあるが、これは美化語的に使われているので、尊敬語の意味がない。○来週の音楽会どうなさる?いらっしゃる?二、謙譲語の形式謙遜語にも、尊敬語と同じように転換型と付加型の二種類の表現方法がある。1名詞を謙譲語にする①「拝・愚・粗・拙・弊・寸・卑・小」などの接頭語をつける例拝見拝借愚策愚案粗品粗茶拙稿弊社弊店寸志卑見小社②「ども・め・ら」などの接尾語をつける例私ども私め弊社の社員ら2動詞を謙譲語にする①謙譲語動詞(転換型)[一覧表2]普通語謙譲語するいたす5いるおる来る行くまいるうかがうあがる訪ねるあがる言う申す申し上げる言上する見る拝見する食べる飲むいただく聞く伺う承る拝聴する知っている存じる存じ上げる訪ねる訪問する伺う上がる会うお目にかかる見せるお目にかけるご覧に入れる思う存じる知らせるお耳に入れるもらう受け取るいただく頂戴する賜る借りる拝借する分かる引き受ける承知するかしこまる○わたくしも田口さんからそう伺いましたが、信じられないようなお話ですね。○「これは、すばらしい物をお持ちですね、みせていただけませんか。」「いやいや、ご覧に入れるほどのものではではございません。」見せる○お目にかけたいものがあります。みせる○この辞書いまお使いでなければ、ちょっと拝借したいんですが。○たくさんの祝電を頂戴しております。もらう○やっぱりお耳に入れておいたほうがよいかと思いました。知らせる○身の程も考えず、あえて申し上げます。2動詞の連用形、名詞にオ・ゴをつけ、規則的に変える場合①お(ご)~する/いたす(動詞の場合には、この形式が一般に使われている形)○農村の生活で実際経験したことをお話してみたいと思います。○ごぶさたしております。お変わりございませんか。②お(ご)~申し上げる(①より敬度が高い)○