第3章事業者グループで取り組む環境配慮プログラム29係留ブイ設置には、漁場管理上の支障とならないよう、地域の漁業協同組合の合意および許可を取って設置してください。②分散利用ダイビングポイントの利用に際して、船が集中している場合は極力ポイントを変更するなど、短期間にひとつのポイントを集中して利用することのないよう分散利用を推奨します。ゾーニングなどであらかじめ使用頻度が定められている場合にはそれを遵守し、調和的な利用を行います。③ダイビングによるサンゴ破損に関する注意喚起生息環境が良好であれば、破損したサンゴ群集も回復しますが、陸域の開発などによって環境条件が悪い場合や、人気スポットなどで局所的かつ継続的なダメージを受けたりすると、回復が困難になり群集が衰退してしまいます。近年沖縄のサンゴ礁で状態が良好な海域は非常に少ないため、できるかぎり人為的なサンゴの破損は避けるべきです。一般のダイバーはかなりの頻度でサンゴを無意識に破損してしまっていること(p.30コラム参照)が分かっています。そのため、フィンキック時、中性浮力調節時、水中カメラ撮影時、ナイトダイビング時、樹枝状サンゴ群集地帯で潜る際などは、特に注意するよう利用者に広く注意喚起することが必要です。ゲージ類を固定しておくこともよいアドバイスとなります。また、陸からのエントリーの際やスキンダイビングの際、サンゴ(たとえば塊状のハマサンゴ)の上に立って休むようなことが無いよう注意することも必要です。こうしたサンゴへの接触についての注意喚起は、ダイビング開始前に行うだけでなく、潜水中、遊泳中にインストラクターやガイドがその都度注意を行うことが効果的です。調査によると、ダイバーが接触する都度ガイドが注意を与えた結果、接触回数は低減したことが報告されています(BarkerandRoberts2004年)。経験が少ないダイバーには、生きているサンゴと死んでいるサンゴを見分けられないこともありますので、こうしたダイバーには見分け方などを教えることも必要です。こうした事前説30明や注意喚起を地域ガイドラインや自主ルールに盛り込むのが効果的です。④堆積物を巻き上げないようにするための注意喚起フィンキックと同様に、ダイビングやシュノーケリングの際、注意しなくてはならないことのひとつとして堆積物の巻き上げがあります。水底近くを移動する際は、フィンキックによる砂やシルトの巻上げを起こしがちです。フィンキックでの堆積物の巻き上げはサンゴへの影響自体は直接的な物理的破損に比べれば軽いと考えられていますが、人気スポットなどでは頻度や量が多いため、サンゴ群集がストレスを受けて衰退してしまうことも考えられます。特に経験の浅いダイバーによく利用される場所では注意が必要です。コラム:ダイバーによるサンゴ破損フィンキックなどによるサンゴの破損はたいしたことがないと思いがちかも知れませんが、ダイバーは10分間に約1.8回、1ダイブにつき平均で10回程度サンゴと接触しているとの海外での調査報告があります。ファンダイブなどで10人のダイバーが一定範囲を利用した場合、100箇所でサンゴと接触し、サンゴの破損を招いている計算になります。ひとつのダイビング事業者が一日2回、ダイビングを同海域で行えば200箇所、10のダイビング事業者が同様に同じ海域を使用すれば、一日に2000箇所にも及ぶ場所でサンゴと接触することになります。また、水中写真を撮影するダイバーは、撮影しないダイバーの4~5倍の頻度での接触も報告されています。初心者の参加が多い場合は、こうしたサンゴへの破損はもっと大きくなることも予想され、事業者としてもさまざまな工夫をこらす必要があります。日本においても、このような調査を地域のダイビング協議会などの主催で実施できれば、よい対策につながる可能性があります。コラム:サンゴを破損した場合の影響波浪などの影響で破損あるいは損傷したサンゴでは、再生速度はサンゴの種類や群体形状(樹枝状>散房花状>卓状>塊状>準塊状の順に回復が早い)、破損部位(群体中央か末端かなど)や破損形態(引っ掻き、枝の破損など)などによって異なります(Hall1997;2001年)。また、群体の破損割合が大きいほど生残率は低い傾向があります(ChadwickandLoya1990年)。破損したサンゴでは、初期死亡率の増大、成長率の低下、および生殖能力の低下が認められています。ミドリイシの仲間(Acroporapalmata)では、破損後の成長率はその後の時間経過とともに増加し、通常の群体と同等の成長率を呈するまでに4年間を要しました。また、破損群体は修復と再生により多くのエネルギーを消費するため、生殖にエネルギーが回らなくなり、破損後生殖できるようになるまでに4年間を要しました。したがって、破損の程度・頻度ともに低い場合は、その後の自然再生の可能性はありますが、破損の程度・頻度がともに高い場合は、斃死しなくても再生や生殖が阻害される場合があることが分かっています(Lirman2000年)。また、ダイビングやシュノーケルなどの場合とは別に、沖縄では慣習的に人々が干潮時に浜や磯(サンゴ礁)に降りて潮干狩りなどをして散策する光景があちこちで見られます。サンゴは潮位が下がった折に空気中に干出すると、大量の粘液を放出して乾燥を防ぎますが、粘液の大量放出はストレスを伴うことが知られており、干出時のサンゴの破損はサンゴへのストレスが通常より大きいと考えられます。沖縄県下では宮古島北方の離礁群「八重干瀬(やびじ)」が有名です。地元では宮古島市が中心となってガイド養成や注意喚起を行って、サンゴへの負荷を最小限にするよう努力が続けられています。第3章事業者グループで取り組む環境配慮プログラム31フィンキックによるサンゴの破壊の場合と同様、事前の注意喚起および潜水時や遊泳時にその都度ガイドやインストラクターが丁寧に注意することなどを奨励事項として自主ルールの項目に入れるとよいでしょう。⑤水中写真撮影時の注意近年、水中写真撮影を行うダイバーが多く見受けられるようになりました。しかし、水中写真撮影を行うダイバーの方が写真撮影をしないダイバーよりも頻繁にサンゴに接触しているという報告もあり、水中写真撮影を行うダイバーに対しては、特に注意喚起を行う必要があります。⑥オニヒトデ対策のための監視体制オニヒトデは1970年代から1980年代にかけて沖縄全域のサンゴ群集に多大な被害を及ぼしましたが、1990年代前半は下火になりました。ところが1990年代後半になってまた部分的に大発生する海域が見られるようになりました。オニヒトデの大発生は、周辺のサンゴが食べつくされると終息しますが、中途半端に駆除を行うと、過剰な数のオニヒトデを間引く形になり、大発生が長期化するという可能性があります。オニヒトデの駆除は重点保全区域を選定して、集中的に、徹底的に駆除を繰り返し行うという対策が過去の経験から重要であると考えられています。そのために、前もって重点保全区域の選定と監視体制をとっておくことが必要です。また、日頃からサンゴ礁海域やダイビングスポットを定期的に訪れるダイビング事業者は、監視体制の一端を担うことが可能です。また、こうした機会に地元の漁業者と危機感を共有し、協力して監視活動を行うことで、連携が深まるコラム:堆積物によるサンゴへの影響陸域から流入した堆積物(シルトなど)や砂はサンゴにさまざまな影響を及ぼすことが知られています。これらの堆積物あるいは懸濁粒子は、サンゴの組織を磨耗によって損傷したり、光の透過を遮って褐虫藻の光合成を妨げたりします。また、サンゴは堆積物を除去するために浮力のある粘液(ミューカス)を積極的に排出し、シルトを包み込んで除去しますが、粘液の排出はそれ相応のエネルギーを要します。ミューカスによる炭素排出量は通常だと呼吸量に対して35%程度なのに、堆積物の影響下では65%程度まで増加した(RieglandBranch1995年)という報告もあり、粘液の排出はサンゴの代謝などに影響してストレスとなることが分かります(山里1991年)。ダイバーがサンゴ礁あるいはサンゴと接触する際に最も多く見られた行為は堆積物の巻き上げによるものであったことがエイラットで行われた調査で報告されており(ZakaiandChadwick-Furman2002年)これがサンゴにとって、負担となることが分かっています。32効果もあります。サンゴ礁の監視体制、モニタリングへの協力を地域ガイドラインや自主ルールで奨励することは有益です。コラム:慶良間列島におけるオニヒトデ対策の取り組み慶良間列島においても5区域の最重要保全区域(図)を設定し、その区域のサンゴ群集を保全するため、2001年から地元のダイバーを中心に継続的な観察と区域内の集中的なオニヒトデ駆除を行ってきました。その結果、慶良間列島における最近のオニヒトデ被害は、徐々に鎮静化しつつあるといえます。2005年の中間報告によると、最重要保全区域のサンゴ被度は、それ以外の地域よりも高いとの結果が得られており(グラフ)、最重要保全区域での3年間のオニヒトデの集中駆除が、サンゴ群集の保全に効果的であったことが示されました。現在の最重要保全区域では、オニヒトデの数は減少傾向にありますが、一方でヒメシロレイシガイダマシの発生が問題となっていることから、ダイビング事業者が中心となってその駆除活動が行われるなど、継続した監視が行われています。第3章事業者グループで取り組む環境配慮プログラム33⑦モニタリングや「リーフチェック」などの実施・協力日頃からサンゴ礁海域やダイビングスポットへ定期的に訪れるダイビング事業者は、常にサンゴ礁の状態や水中環境を観察することができる機会を持っています。そこで、ダイビング事業者やシュノーケリング事業者がサンゴ礁研究者などの専門家と協力してサンゴ礁のモニタリングや調査などを行うことは、さまざまなメリットがあります。事業者として科学的な知見を得られるだけでなく、顧客の参加できるプログラムとして活用することによって啓発につなげることも可能となります。⑧ダイビングスタッフへの教育・普及啓発ダイビング人口が増えたことによってインストラクターやガイドの数も飛躍的に増加しています。ダイビングの指導技術や安全管理面の知識や技術向上を図ることは当然ですが、生態系の恵みを享受することで観光事業を営んでいるわけですから、生態系や環境面での知見・知識をもつことはたいへん重要です。事業主はダイビングスタッフへの教育を充実させ、常に地域の関係者、研究者などとの幅広い情報交換を行うことが奨励されます。また、インストラクターが所属するダイビング指導団体やインストラクターのトレーニングを直接担当するコースディレクターに地域の保全情報などの資料を提供することにより、保全情報の周知を図ったり、協働して教育、啓発プログラムを企画することも効果的な方法です。⑨一般ダイバーに対する普及啓発ダイビングの大きな目的は水中の自然観察にあることは間違いありませんが、ダイバーだからといって、すべての人が必ずしも志高く、生態系や環境に関する知識や知見を持っているわけではありません。また、ダイバーを受け入れる側の宿泊施設や地域住民の方も知識や認識が不足している場合があります。そのため、普及啓発には幅広く地域一体で取り組む必要があります。また、分かりやすいアプローチも不可欠です。まずは写真や図解で分かりやすく解説したパンフレットやポスターなどの啓発広報ツールを作成し、地域の関係者と協力して配布することも効果的です。⑩ゴミの回収・分類調査近年、海の漂着ゴミ問題は、周辺諸国の国際協調により取り組むべき大きな問題となっています。ダイビング事業者は自らの活動でゴミを出さない工夫をすることはもちろん、ダイビング中に水中で見つけたゴミを回収するといった活動も普及啓発として進めたいものです