-1-首都大学東京都市環境学部学部長井上晴夫「水を電子源とする人工光合成システムの構築」研究期間:平成12年11月~平成17年10月-3-1研究実施の概要本研究では地球環境に調和する「水を原料(電子源、酸素源)とする人工光合成型物質変換およびエネルギー変換システム」の構築へのブレークスルーを得ることを目的としている。地球上に於ける理想的な「物質変換およびエネルギー変換システム」である植物の営む光合成は水分子から電子を二酸化炭素に移動させる反応である。人工的な光合成をフラスコの中で実現することは人類の夢であり世界中で研究されているが、実現は未だ疑問視されてきた。その最大の問題は水分子から電子を取ることが困難な点にあった。そのような背景で、最近、研究代表者が独自の発想とアプローチで特別の金属錯体に可視光を当てると水分子から電子を取ることができることを見出した。本研究はこの発見を手がかりに人工光合成実現のためのブレークスルーの指針を得ようとするものである。地球温暖化の主因とされる二酸化炭素を化学的に固定するには還元剤(電子源)が必要である。しかし固定化するための還元反応が新たな汚染物質を生成するのでは意味がなくなる。本研究ではエネルギー的にも物質循環の視点からも理想的な電子源としての水分子に着目し「水を電子源、酸素源とする錯体分子触媒による人工光合成型エネルギー変換、物質変換システム」を構築する。天然の光合成を人工的に再現しようとする試みは人類の夢であり大きい知的資産が形成される。本研究により得られた指針により人工光合成型物質変換システム構築が可能になれば二酸化炭素固定のための理想的な電子源として水分子を採用することが可能になり、水分子からの水素生成、二酸化炭素の還元という物質循環とエネルギーの両面でのクリーン・リサイクルシステムが達成できることになる。これまでにルテニウムポルフィリン錯体による水を電子源、酸素源とする高効率、高選択的な光酸酸素化反応を初めて見出している。二酸化炭素の光還元においても世界昀高の量子収率を示す反応系を見出した。1.1水を電子源とする光増感酸素化反応の発見とその高効率化本プロジェクトの中心課題であるRuポルフィリン類を増感剤、水を電子源、酸素源とする光化学的酸素化反応の典型例を上図に示す。電子受容体としてK2Pt(IV)Cl6,基質としてアルケン類の共存下、塩基性10%含水アセトニトリル溶液中、凍結脱気後、可視光(420nm)をTetra(2,4,6-trimethyl)phenylporphyrinatoruthenium(II)(RuIITMP(CO))に照射すると効率よくアルケンが酸素化され主生成物として対応するエポキシ化合物が生成した。H218Oを用いた実験からエポキシ化合物中の酸素原子は水分子に由来することが明らかになった。反応条件を徹底的に検索した結果、アルケン類の光エポキシ化については高い量子収率(~60%)で高いエポキシ化選択性(>97%)を実現した。化学変化として式(1)のように表すことができる。-4-hυC6H10+H2O+Pt(IV)Cl62-C6H10O+Pt(II)Cl42-+2HCl(1)RuIITMP(CO)1.2水を電子源、酸素源とする不斉酸素化反応ポルフィリン環にビナフチル不斉置換基を導入した新規不斉増感剤Ruポルフィリンを合成し光不斉酸素化反応について検討した。スチレン、ヘキセンが比較的高い不斉収率(e.e>70%)でエポキシ化されることを見出した。1.3水を電子源、酸素源とするアルカン水酸化反応への展開アルカン類についても水を酸素源とする光ヒドロキシル化が進行することを見出した。強い酸化剤なしでの室温下での光と水によるアルカンのヒドロキシル化は人工Methanemono-oxygenaseモデルとしても注目される。特に、上記不斉Ruポルフィリンではヘキセンの光ヒドロキシル化でも若干の不斉誘導が観測された。オキソ体酸素原子による水素引き抜き-OH移動(reboundmechanism)で立体保持の酸素化の実例として大変興味深い。アルカンの水酸化反応はp450と類似の反応活性種(金属オキソ錯体)を経由して進行すると考えられる。実際に比較的大きい反応基質の重水素同位体が観測された。同時に不斉誘導も観測された。酸素化活性種による水素引き抜き-リバウンド機構による可視光誘起水酸化反応が進行していることがわかる。1.4水を電子源とする光増感酸素化反応の反応機構の解明と活性種の検討人工光合成システムの重要な単位反応として期待されるRu(II)ポルフィリンを増感剤とする光酸素化反応の反応機構の詳細を検討した。1)反応系の液性変化による生成物変化、2)レーザーフラッシュフォトリシスによる中間体の直接観測、3)ダイヤモンド電極による詳細な電気化学的検討、4)DFT計算による活性種の電子構造と反応性の違い、などの検討からRu(II)TMPへの光照射により電子受容体への一電子移動後、ポルフィリンカチオンラジカルを経由して明確に2種のポルフィリン活性種が存在することを明らかにした。レーザーフラッシュフォトリシスによる反応中間体の直接観察に成功した。それぞれ異なる時間スケールでRuポルフィリンの励起三重項、カチオンラジカル、活性中間体I、活性中間体II、合計4種類の反応中間の観測に成功した。さらに詳細な速度解析から各過程の速度定数を決定することができた。水分子が水酸化物イオンの形でポルフィリンカチオンラジカルの金属中心に配位し、プロトン脱離を経て活性化されることを明らかにすることができた。ルテニウム触媒化学の視点からは、これまでは高原子価ルテニウム(4価、6価など)が注目されてきたが、本研究で見出した、三価ルテニウムによる触媒反応は極めて注目すべきものといえる。反応初期では高反応性を示す増感剤も光照射に伴い徐々に反応性が低下し、生成物選択性も低下していくことが-5-分かっている。この原因は増感剤が段階的に塩素化されることによることも明らかにした。高反応性を維持し得るポルフィリン錯体の分子設計から、極めて耐久性の高い増感剤を合成することができた。以上の知見は今後の反応系設計に極めて重要な指針となるものである。1.5異方性を有する光反応の構築と光電子移動系への展開二酸化チタン半導体の伝導体への電子注入による水素発生系(犠牲試薬を含まない電子受容系)を構築することができた。しかし、酸化末端(光酸素化)の反応効率に比して還元末端(水素発生)の反応効率がまだ極めて低い。増感剤から半導体伝導帯への電子注入後の電子の動的挙動、流れ道について今後一層の検討を行い、効率の良い水素発生系の確立を目指す。層状半導体二オブ酸の層間に界面活性剤と共にポルフィリン錯体を取り込ませることに初めて成功した。異方性を有する化学反応場として溶液中に分散させ可視光照射による水素発生にも成功した。徹底的な反応条件検索から水素発生量子収率を5%まで向上させることができた。新規多フッ素化界面活性剤とカチオン交換性粘土が形成するハイブリッド化合物を異方性光反応場として構築し光電子移動反応系への展開を図っている。層内に取り込まれたRuポルフィリンからニオブ酸伝導体への電子注入によるカチオンラジカルの生成とその減衰挙動を直接レーザーフラッシュフォトリシスにより観測することができた。伝導体からポルフィリンへの逆電子移動は極めて遅く、数10マイクロ秒と100マイクロ秒以上の少なくとも複数の過程が含まれることを見出した。これらはポルフィリンの層状半導体への配向状態を反映しているものと解釈される。また、層内に溶媒、基質が進入拡散し電子移動速度定数が一桁増大することを見出した。巨視的にも異方性を有するマイクロチャンネルプレートの光反応場への展開に着手した。1.6二酸化炭素還元との共役水を電子源とする光による二酸化炭素還元系の構築をめざし金属ポルフィリンと二酸化炭素還元能を有するレニウム錯体の連結系分子を新たに合成しその光化学挙動について検討した。金属ポルフィリンへのS2励起により、ポルフィリンからレニウム錯体への電子移動に続いて二酸化炭素還元による一酸化炭素の生成に成功した。[Re{(MeO)2bpy}(CO)3{P(OEt)3}]+を光増感剤、[Re(bpy)](CO)3(MeCN)]+を触媒として含む複合系を用いると、CO2が還元されCOが生成する量子収率が0.47と、これまでで世界最高の効率を示すことを見出した。-6-1.7光捕集系の構築光捕集系構築の着手として、思い通りに分子を吸着させ、思い通りにその配向を制御することに挑戦している。層状化合物表面に対して、会合せずイオン交換容量が100%まで単分子吸着させる方法を見出した。吸着分子と層状化合物表面の双方の電荷間距離の整合が吸着挙動を支配する重要な因子であることを明らかにした。(sizematchingrule)吸着している分子の中で特定の分子配向だけを変化させることにも成功した。さらに、吸着分子と層状化合物の双方で電荷のハード・ソフト性の整合がもうひとつの重要な支配因子であることを見出した。層表面での単分子吸着層内での選択的エネルギー移動、電子移動についても興味深い知見を得ている。2研究構想及び実施体制(1)研究構想本研究では水を電子源、酸素源とする可視光による物質変換システムの構築と光による二酸化炭素還元能を有する錯体分子触媒系の開発を有機的に融合、連結することにより合計2光子による「水を電子源とする二酸化炭素の光還元系、人工光合成系」を構築する事を大目標に設定した。光照射I光照射II電子電子電子電子電子供与体増感剤I電子受容体増感剤II電子受容体(酸化末端)(還元末端)段階的な2光子の駆動による人工光合成系具体的な研究の進め方として、人工光合成システムを構成する1)水分子活性化系、2)電子伝達系、3)還元反応系、の各系について一層の反応効率の向上を目指した機能設計と具体的合成を行うと共に、人工光合成システムを駆動させる異方的化学反応場の設計と合成に取り組んできた。平成12年度末にプロジェクトチームが発足し、13年度末までに計画、準備、装置立ち上げを完了した。14,15,16年度の研究展開の成果を基礎に17年度は研究内容を水分子から二酸化炭素への電子伝達をいかにして達成するかに焦点を絞り研究総括を行った。具体的には以下の3グループ編成で研究推進を図ってきた。1)第一グループ(水/電子源グループ)水を電子源、酸素源とする可視光による物質変換システムの構築を担当-7-2)第二グループ(反応場構築グループ)異方的光反応場の設計と構築を担当3)第三グループ(二酸化炭素還元グループ)光による二酸化炭素還元能を有する錯体分子触媒系の開発を担当(2)実施体制研究実施体制を以下に示す。*第一グループ(水/電子源グループ)首都大学東京都市環境学部井上晴夫(教授)立花宏(講師)嶋田哲也(助手)高木慎介(助手)宮崎大学工学部白上努(助教授)水を電子源、酸素源とする可視光による物質変換システムの構築を担当研究代表者井上晴夫総括*第二グループ(反応場構築グループ)首都大学東京都市環境学部益田秀樹(教授)西尾和之(助手)吉田博久(助教授)名古屋大学大学院工学研究科髙木克彦(教授)志知哲也(助手)信州大学繊維学部素材工学科宇佐見久尚(助手)東邦大学理学部森山広思(教授)異方的光反応場の設計と構築を担当*第三グループ(二酸化炭素還元グループ)*東京工業大学理学研究科石谷治(助教授)光による二酸化炭素還元能を有する錯体分子触媒系の開発を担当3研究実施内容及び成果3.1水/電子源グループ(首都大学東京第一グループ)-8-hυC6H10+H2O+Pt(IV)Cl62-C6H10O+Pt(II)Cl42-+2HCl(1)RuIITMP(CO)1)水を電子源とする光増感酸素化反応の発見とその高効率化本プロジェクトの中